平尾山の麓の安原に、安養寺があります。
古い山門をくぐると参道の左端に「尻なしタニシ」と呼ばれる珍しいタニシが棲んでいます。
このタニシにまつわるお話。

 今から七百年以上前、平尾山奥深くの寺平に、安養寺というお寺が建てられました。それから百年ほど後、寺平はあまりにも山奥なので、今の安原地籍に移りました。
 その時、安養寺には、遠く明まで修行にいった開山様という、えらいお坊様が住職をおつとめでした。

 ところが、武田・上杉の甲越合戦の時、安養寺は戦火につつまれたのです。
 火は本堂にまで及びました。開山様は、落ちる火の粉をはらいながら本堂に飛び込むと、ご本尊様を背負い寺の外に飛び出しました。
 ご本尊様にはもう火がついています。
 開山様は、寺の後ろにある池に向かいました。
 「あの池にいこう」
 ご本尊はぶすぶすと燃えています。とうとう開山様のおしりにも火がつきました。
 「あの池にいこう・・・」
 裏にまわると、倒れそうな開山様を池が呼んでいます。力を振り絞って池のふちにたどり着くと、炎を上げるご本尊様をおろして、水の中にひたしました。じゅうっ、という音を立てて、火は消えていきます。

 しかし、開山様のおしりの火はついたままです。池には、ご本尊様が入っています。同じ水につかることをためらっていると、池のふちの松が開山様に枝を差し出しました。開山がその枝にしがみつくと、松は水面に枝を下ろして、開山様のおしりだけを池にひたしてくれたのです。

 火は消えたものの、ご本尊様は黒く焼けこげ、開山様のおしりもやけどしています。それを見ていたのが池に棲むタニシたちです。
 タニシたちは、自分たちにいたずらしようとする子供たちをたしなめるなど、いつも優しい開山様に恩返しをしたいと思いました。そしてみんな心を込めて祈りました。

 「どうぞ、開山様のやけどを治してください。私たちがやけどしてもかまいません。」
 すると、ご本尊様の厳かな声が響き渡りました。
 「願いを聞き届けようぞ」
 なりゆきに驚き、手を合わせている開山様の、お尻のやけどが治っていくではありませんか。そしてタニシたちは、開山様のかわりにお尻にやけどしたのです。タニシたちは満足そうに、池の底にもぐっていきました。

 開山様は、タニシたちの池が参道のわきになるように、新しい安養寺を建てました。寺にはよみがえったご本尊様がまつられました。池もきれいに整えられ、松の枝がタニシたちに涼しく日陰を作ります。

 きっと、このときの開山様の信心深い心を、後の後世に伝えているのでしょう。

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尻なしたにし

    

安養寺

現在も尻なしタニシのすむ池