右は極楽、左は地獄
昔、平尾の里に孝行むすこの文吉さんが住んでおった。
働き者の文吉さんは朝早くから夜遅くまでよく働いただと。
「ぼつぼつ、嫁とってくれるか」と、おかっさんがそちらこちらに口をかけて、横根の里のおじさんが縁むけてくれた。
働くばかりの文吉さん、よろこんだのなんのって・・・。
ある日の午後、文吉さん、おじさんにお礼を言いに、「文吉」って名前の書いた一升瓶つるして横根の里へ出かけていった。
ところがあいにく、おじさんとこは留守だった。
(そのうち帰るずらからから待つとして、そこらちょっくら歩いてみるか)
子供の頃、二、三度おじさんとここへ呼ばれてきて、いったことのある裏山へ、おのずと足が向いた。裏山の長い石段を登るとお堂がある。文吉さん一升瓶を下げたまま、その石段を登り始めた。
「わぁ!こんなに高かったんか、佐久の平らがが一眺めだ!」
そこのお堂には坊様一人、お堂守りって住んでいるはずだった。
「坊様、この横根からおっかっさんいった、平尾の文吉でやす」
呼びかけたが返事がない。
(坊様も留守って訳か。ああ、疲れたわい。酒ちょっぴりいただいちまわず)
文吉さん、飲めもしない酒に口つけた。
「こりゃうめえ。もう少しのまずよ」
つい、気が大きくなってお酒、たんと飲んでしまった。
(今日はおじさんのとこせ寄るのはやめだ。またでなおしゃいい。そういや、子供の頃来たときこことこに穴があったっけが、どこだったかな)
お堂の近くを歩き回ると、その穴の前に来た。
(子供の頃、地獄へいくといけなえから、入るなっていわれてたが、右の壁さわっていけば地獄にはいかねえって誰かいってたっけ。よーし、はいってみらず。・・・・・・うわ!薄気味悪い。)
右手づたいに行くとすぐに出口についた。
(こかぁ、裏山のてっぺんじゃねえか。こりゃ景色がいい。気持ちもいいし、桃もさいとる。まるで極楽だ!)
「まだ日はたけえ、同じ穴戻ってみっか」
右手づたいにでた穴は、左手づたいじゃないと戻れない。そんなことしらない文吉さん、来たときと同じように右手づたいに歩いていった。
どんなに歩いても同じところをぐるぐる歩く文吉さん。
(おかしいな、来たときとは様子が違ってる)
真っ暗な穴の中、怖いやら心細いやら・・・。文吉さん、泣き出しそう。
「おっかさまぁ、酒飲んだたたりで、地獄の穴へ入ってしもうた。へぇ酒のまねえ、助けてくんろ、助けてくんろ。ナンマイダブ、ナンマイダブ・・・・」そういって拝んで無我夢中で進んでいくと、向こうの天井からうっすら光が差し込んで、右いく穴と左いく穴を照らし出している。どっち進むか迷っている文吉さん。そのとき、右の穴からカネの音と「文吉さん、文吉さん」と呼ぶ声が聞こえてきた。
(あ!だれずら、おらの名前呼んでるぞ。カネの音だに、坊様ずらか)
文吉さん、元気を出して右手で壁をさわって進んでいくと右の方から明かりが差し込んできた。
「文吉さん!文吉さん!」
右に曲がると、お坊さんらしき人の影が近寄ってくる。その後ろには入り口がぽっかり口を開けている。
「文吉さん、わしゃ、お堂守りじゃ。迷っていねえかと入ってきてみた。出会えてよかった」
「酒の力でついはいって、つい迷ってすみやせん」
文吉さん、お坊さんの後について外にでた。
「この穴はな、右手でさわっていくか、左手でさわっていくかで極楽にも地獄にも行ける穴じゃ。こっちからは、右は極楽、左は地獄、向こうからは、左は極楽、右は極楽ってわけじゃ。穴をくぐれば立派な人間に生まれ変わるんじゃよ」と、お坊さんが教えてくれた。
日は西の山の端につくほど低くなり、あたりは薄暗くなってきていた。